ウィーン帰国→網膜剥離・手術・入院

みなさん、お久しぶりです

ウィーンから帰国して早二ヶ月が経とうとしています。

ウィーンでの奮闘記を綴る予定でしたが、

その前に大変な事態になってしまいました。。

事の始まりは10/9

ウィーンから帰国し、オペラの稽古が始まり、

ドイツ語会話を始め、フラメンコ教室に通い始め、

すべてがこれからの時でした。

オペラの本番までにレーシック(近視矯正手術)を終わらせて

しまおうと思い立ち、品川近視クリニックへ検査で訪れました。

最後に先生が直接眼底検査等をしてくれるのですが・・

「あれっ?え~。。まさか!あ~~~~」

なんて先生が言ってます。やけに演技がかった先生。。

そしたら突然 「あなた、網膜剥離です。すぐに手術と入院が必要ですよ。」

と言われました。そんな、ばかな・・誤診でしょ???

とにかく、眼底の中心にある大事な部分のきわまで剥がれているらしく、

1分後にもそれが剥がれて視力が戻らなくなりかねない状態でした。

目の前が真っ暗になりました・・・がとりあえず母に電話をしたところ、

じゃあ行かなきゃね(東京に)!」と即座に言ってくれ、本当に救われました。

実際には母が東京に来るより、私が浜松に帰った方が何かと便利なので

浜松の病院の予約をとり、家に帰って入院の支度をしました。

次の日の10/10、朝一の新幹線で浜松へ、その足で病院に行って

あらゆる検査を受けました。

診断の結果、右目が網膜剥離、左目が網膜円孔 でした。

誤診じゃなかったんだ。。。

検査の中で、左目の円孔はレーザー手術をやってもらい、

あっという間に治療は終わりました。

残るは右目・・・。「今日手術できますか?」の有無を言わさぬ問いに

「はい。。」としか言いようがなく・・。

その日の17時から手術となりました。

母が見守る中、約2時間の大手術でした。

まず、消毒が痛いのなんの、それから麻酔が

歯の麻酔の10倍ほど痛く、その後顔を押されるのですが

それが顔面打撲になるほど痛い!!!

とにかく痛くて痛くて死にそうなのですが、もはやまな板の上の鯉。。

さらには局所麻酔なので、なんとなく見える。感じる。

そして一番怖いのは聞こえることです。

術中、先生が「あっ、水晶体が・・。」と言い、それから手術室の空気が

固まりました。何か失敗したのか・・・?

この辺は今でも疑問で腑に落ちませんが、

とにかくこの瞬間に私の水晶体は切除され、人工のレンズが

縫いこまれました。。。。

術後なんと言っても大変だったのが、「うつぶせ&うつむき」です。

私の網膜剥離手術はおそらく最悪のパターンで、

目の中にガスを入れて固定をしなくてはなりませんでした。

ガスは上に行く性質があるので、自分が下を向くことによって

患部をガスで圧迫し、網膜をはりつけていきます。

それが4日間と聞いていたのになんと8日間。。

拷問???

目ではなくて首が悪くて入院してるのか??

と思う毎日でした。

健康な体なのに、寝るときもご飯もトイレも真下を向いてすることのツラさ、

想像できますか?

しかも病室から出られず、売店を散策する楽しい病院ライフも

全く送れませんでした。

そんなこんなで10日間の闘病生活を送り、10/19、無事帰って参りました。


最初は見た目もグロテスクで、顔が変わっちゃうんじゃないかと

不安でしたが、最近は普通の人に戻ってきました。

右目はまだ視野がかなりせまくなっており、半分しか見えません。

見える部分もかなりぼやけています。

人工の水晶体なので、調整がきかず、近くの物は見えにくくなるそうです。

今は運動も禁止の安静状態で、ぶつかればまた剥離してしまうことも

あるので、人が多い所に行くのはちょっと怖いですね。

でも明日はN生劇場のオペラ公演本番です。(歌うことは可能)


結局、はっきり原因はわからず、先生には「体質だから」とか言われました。

品川の先生は「近視の人がなりやすい」と言ってました。

いろいろ調べてみると、網膜剥離はボクシングなどの外傷か老齢でなるものだそうです。

なんでこの歳でなったのか。

しかも今までなんの問題もなかった自分の体の一部である水晶体を失ったことは

本当に本当につらいことです。信じられません。

まぁ、もっと大変な病気は世の中にたくさんあるので、それを考えれば

たいしたことではないのでしょうが。(発見も間に合ったことですし)


この病気が発覚して、旦那に話したときにこう言われました。


「どんな状況、どんな状態になったとしても、

あなたにはとても素晴らしい家族がいるんだから、

それだけで十分幸せなんだよ。」


この言葉には本当に救われました。

特に術後の大変なときを乗り越えられたのは、家族の支えがあってのことで

この言葉の重大さを感じました。


急な事態に対応してくれた旦那、浜松の家族、旦那のご両親、そして友人に

改めて感謝の言葉を言いたいと思います。

本当にありがとうございました!!!



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